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大阪地方裁判所 昭和24年(ヨ)890号 決定 1949年11月29日

申請人

岩本孝雄

外三名

被申請人

松下電器産業株式会社

主文

被申請人は申請人等に対し昭和二十四年八月六日以降本案判決確定に至るまで仮に毎月別紙賃金表記載の賃金よりそれぞれ所得税法に定められた税額を控除した金員を支払わなければならない。

被申請人は申請人等より労務の提供あるときは、申請人等をそれぞれ職場に就かせるため適当な指示を与えなければならない。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

申請代理人は主文第一、二、項と同趣旨の仮処分命令を求め、その理由とするところは、申請人等は何れも被申請会社の社員でそれぞれ別紙賃金表記載の賃金をうけていたものであり、申請人岩本は被申請会社の従業員より成る松下電器産業労働組合(以下組合と略称)本部の中央執行委員、申請人井口は同組合本部中央委員、申請人小倉は同組合電機支部の幹事、申請人小林は同組合電機支部所属の組合員である。ところが被申請会社(以下会社と略称)は昭和二十四年八月五日附で申請人等に解雇通知を発し、同日以降職場への出入を拒んでいるが、この解雇は次の理由によつて無効である。

第一に、右解雇は申請人等の所属する前記組合と会社間の労働協約に違反する昭和二十一年十月五日組合会社間に締結せられた労働協約はその後当事者間に有効期間の延長が協定せられ、本件解雇当時も有効に存続するものであるが、この労働協約第五条には、「解雇に関しては会社は予め組合の諒解を得るものとす」と明記されている。然るに本件解雇は組合の諒解を得ることなく会社の一方的措置により強行せられたもので明かに右協約条項に違反する。すなわち、昭和二十四年三月下旬会社から組合に対して人員整理案を含む会社再建計画案を提出し、同年四月中に会社の人員整理予定数八百九十七名を上廻る千余名の解雇が組合の諒解を得て行われ、会社側の人員整理案は百二十パーセントの成功を収めたにもかかわらず会社はこれに満足せず、更に新に百三十二名の人員整理案を組合に申入れたこれに対して組合は同年五月六日退職せしめる人員については組合において労働組合法(旧)第十一条違反の虞ありと認めた場合および社会正義上黙認し難いと認めた場合を除いて会社が個別的に折衝することを認める旨を回答し、会社側もこの附帯条件を承認した。会社組合間に協定せられたこの附帯条件のもとに会社側より各個に解雇交渉が進められ、この交渉に応じない組合員については、組合において当該組合員の提訴を審議して右附帯条件の趣旨に照して会社の解雇申入につきその当不当を認定し、或る場合には会社側の解雇申入を撤回せしめ或る場合には組合員の提訴を卸けて会社の解雇を認めた。かようにして追加整理人員百三十二名の整理は申請人等四名を除いて八月四日完了したのであるが、申請人等四名は会社側の申入を不当とし組合に提訴し、組合では審査の結果申請人等を解雇することは労働組合法(旧)第十一条違反の虞ありと認定し、会社の解雇申入を容認し難いものとし、会社に対し解雇申入を撤回するよう申入れたけれども会社はこれに応ぜず、一方的に前記協定を破つて申請人等の解雇を強行、遂に八月五日正式に解雇通知を発して職場への立入を禁止した。会社の申請人等四名に対するこの解雇は直接には前記五月六日附の協定に違反し、延いては結局労働協約第五条にいう組合の諒解を得ずに為されたことに帰するから無効である。

第二、に本件解雇は申請人等が前記労働組合の役員又は組合員として組合運動を活発にしたことを真の理由としているものであるすなわち、申請人岩本は前記のように組合本部の中央執行委員、井口は組合本部中央委員、小倉は組合電機支部の幹事であつてそれぞれ組合の幹部小林は組合幹部ではないが職場委員として何れも日常組合活動に努めていた上、同人等が何れも共産党員であることが会社の解雇理由となつたものであるから右解雇は労働組合法第七条に違反し、当然無効である。

それで申請人等は被申請人に対し右解雇無効確認の本訴を提起すべく準備中であるが、何れも一介の勤労者にすぎず、その月々の給料によつて辛うじて糊口をしのいでいるものばかりであるから本訴の判決による救済を待つていてはその間に償うことのできない損害を蒙るわけであるから、本申請に及んだ、なお被申請人の抗議に対し前記労働協約第五条にいう諒解は、単に会社が無断抜打的一方的には解雇することなく、事前に協約の相手方たる組合に通報して解雇の理由を説明することを意味するにとどまるものではなく、組合の同意を得ることを意味する。そして右第五条の規定は協約中いわゆる規範的部分を構成し、いわゆる債務的部分ではない。若しこれを債務的部分と解するならば、右協約違反の解雇は組合をして債務不履行を原因として会社に対し損害賠償を請求することを得せしめるにとゞまることになり、しかもかかる請求の途は実際の上殆んど不可能であり、会社は協約にかかわらず自由に解雇し得ることになつて甚だ不当であるから、右協約条項は労働条件に関する強行規範を形成するものというべきで、会社が組合員を解雇するには組合の同意がその有効要件をなし、組合の同意を欠いた解雇はその同意しなかつたことが拒否権の濫用にわたらない限り無効であるというにあり、疏明方法として甲第一号証の一乃至十四第二号証第三号証の一乃至十八、第四乃至九号証を提出した。

被申請代理人は、申請人の申請を却下するとの決定を求め、答弁の要旨は、申請人主張の事実中、申請人等四名が嘗て被申請人の社員であつたこと、会社が同人等を解雇(但しその日附は申請人小倉、井口、小林の三名については昭和二十四年八月五日であることを認めるが、申請人岩本については昭和二十四年五月十三日と主張する)し爾後職場への出入を拒んでいること、申請人岩本が被申請人の従業員より成る松下電器産業労働組合本部の中央執行委員、申請人井口が中央委員、申請人小倉が組合電機支部の幹事、申請人小林が右支部所属の組合員であること、組合と会社間の労働協約が申請人等四名に対する解雇当時有効に存続していたこと、右協約第五条には申請人主張のような規定の存すること昭和二十四年五月六日会社の整理案実行に関し、会社組合間に申請人主張のやうな協定の成立したことはこれを認めるが、申請人等四名に対する解雇が右協約に違反すること、又右解雇の理由が申請人等が組合の役員又は組合員として組合の活動を活発にしたことにあるとの点は否認する。本件解雇までの経過の概要は、昭和二十四年三月会社は産業経済界の情勢に迫られ、企業合理化による再建計画を樹て同年四月八日組合に対し、再建計画案を発表するとともに、退職せしめる者八百四十三名、一時休職せしめる者五十四名合計八百九十七名の人員を整理する旨を申入れた。そして組合との話合の上四月十七日希望退職者を募つたところ予定人員を上廻る千二十三名の応募者があつた。会社は今回の人員整理をなすについて整理基準として、能率、技能、適性勤怠、互換性、勤務態度、協調性、健康、経歴、年齢、配置転換可否の十一項目を定めこれと予て綿密慎重な手続のもとに作成した考課表とを照合して整理者のリストを作つていたが、その解雇予定者八百四十三名の中四百八十七名は希望退職し、残り三百五十六名中比較的成績良好な者或は配置転換可能な者二百二十四名は希望退職申出者と振替え、結局再建計画上就業不適性者として百三十二名が残つたので四月二十七日附申入書を以て組合に対し退職せしめる者百三十二名休職せしめる者十二名その他退職の諸条件に関する申入を行い五月六日組合との間に前記協定が成立した。右協定の附帯条件の趣旨は、会社が労働組合法(旧)第十一条違反の解雇や家庭事情その他から社会正義上穏当でないと認められる解雇を行つた場合には組合は異議を述べる権利を留保し、会社と交渉し、交渉の如何によつては争議その他行動の自由を留保するという趣旨であつた。会社は右協定に基いて個々に折衝し、最後迄会社の勧告に応じなかつた申請人等中岩本については五月十三日解雇通告を行い、小倉、井口、小林等についてはなお別個折衝をつづけた。ところが組合から申請人等の解雇について異議が出たので五月二十一日組合と交渉の結果、岩本に対する解雇は撤回しないけれども、組合の調査が終るまで出勤同様の給与を支給すること、仕事には就かせないが組合や人事係等に折衝のため会社に出入することは認める旨の協定をした。その後会社組合間に折衝がつづけられたが組合からは申請人等の解雇を不当とする具体的な証拠を提出することなく、唯会社の措置に反対するという態度を維持するばかりで遂に最後迄話合がつかないので八月五日申請人岩本に対しては給与支払等の措置の停止を、その余の申請人等に対しては解雇通知をした。労働協約第五条に組合の諒解を得るというのは、組合の同意がなければ解雇できないことを意味するものではなく会社が無断抜打的一方的に解雇をせず、組合に対し事前に説明の労をとるという意味にすぎず、会社の整理案実行に関する前記五月六日附協定のできたことによつて右協約第五条にいわゆる組合の諒解を得ることという条件は満たされている。そして右協定の趣旨は前記のように会社が組合の異議申立に対して組合に調査の余裕を与えたことによつて完全に履践せられている。仮に協約第五条にいわゆる諒解が同意を意味するとしても、それは組合の恣意的な同意拒絶を許すものではなく、客観的に労働組合法(旧)第十一条違反の場合でなければ同意を拒絶し得ない。そして本件の解雇には客観的に労働組合法(旧)第十一条違反のおそれがないのであるから組合の同意拒絶は拒絶権の濫用であり、同意拒絶の効力はなく、従つて会社は労働協約に違反したことにはならない。仮に本件解雇が労働協約に違反するとしても、協約第五条は協約中いわゆる債務的部分であつて、その違反は解雇を当然無効にするものではない。ただし一般的に組合の同意がなければ解雇できないとすることは使用者のもつ解雇の自由を根本的に奪うものであつて雇傭契約の本質に反するものであるから仮にかかる条項が定められても使用者としては組合に対する債務を負担する以外にかかる条項を労働条件として個々の労働契約の内容たらしめる意思なきものといわねばならず、その違反は使用者の組合に対する債務不履行となるにすぎない。

次に本件解雇は、申請人等四名をその勤務成績不良を理由として、再建計画上不適格者として解雇したものであり、同人等の組合活動の故に解雇したものではない。すなわち、申請人岩本に前記整理基準のうち、非能率者、勤務態度不良者、配置転換不能者、申請人小倉は業務上余剰者(所属部門の縮少)、配置転換不能者、非協力者、勤務態度不良者、申請人井口は非能率者、技能低劣者、業務上余剰者(所属部門の縮少)配置転換不能者、勤務態度不良者、申請人小林は業務上余剰者(所属部門の縮少)、技能低劣者、非能率者、勤務態度不良者、配置転換不能者に該当する。且つ申請人四名がとりたてて組合活動に熱心であるというわけでなく、申請人等より熱心な者も依然従業員として残つており、今回の人員整理による一般従業員の解雇者数と組合役員の解雇者数とを比較するとき後の者の方が比率が低い。殊に申請人小林は組合役員でないから組合活動を理由として解雇する筈がない。また本件解雇は共産党員たることを理由としたものでなく、整理対象者のうちたまたま共産党員たる申請人等四名が解雇に承服しなかつたものにすぎない。従つて本件解雇が労働組合法第七条に違反するという主張は当らない。

仮に申請人主張のように本件解雇が無効であるとしても、申請人等は現在組合業務に従事して給料相当の額を組合から支給されており、殊に申請人小倉、井口、小林は独身者であつて会社の寮に起居している状態であるから、本案判決を俟たずに仮処分を求める必要は存在しない。というにあり、疏明方法として乙第一乃至十七号証第十八号証の一、二、第十九乃至二十四号証を提出した。

申請人主張の事実中、申請人等四名が被申請人の社員であつたこと、会社が申請人小倉、井口、小林の三名を昭和二十四年八月五日附を以て解雇し、爾後職場への出入を担んでいること、申請人岩本が被申請人の従業員を以て構成する松下電器産業労働組合本部の中央執行委員、申請人井口が同組合中央委員、申請人小倉が同組合電機支部の幹事、申請人小林が同組合電機支部所属の組合員であること、組合と会社間の労働協約が申請人等四名に対する解雇当時有効に存続していたこと、右協約第五条には「解雇に関しては会社の予め組合の諒解を得るものとす」という規定の存すること、昭和二十四年五月六日会社の整理案実行に関し、会社組合間に退職ならびに休職せしめる人員について「組合が労働組合法(旧)第十一条違反のおそれありと認めた場合および社会正義上黙認し離い場合は組合は処置することを認めない」という条件の下に組合は会社が個々に折衝してゆくことを認めるという協定の成立したことについては当事者間に争がない。申請人岩本の解雇の日附については申請人はこれを昭和二十四年八月五日と主張し、被申請人は同年五月十三日であると争うのであるが、甲第二号証第三号証の九、十一、十四、十六、十八、ならびに乙第一号証によると会祉は五月十三日岩本に対して解雇の意思表示をしたが本人ならびに組合から異議の申出があつたので一応その意思表示を撤回し同年八月五日に至つて他の申請人等三名と共に解雇したものであることを認めることができる。それで先づ労働協約違反の解雇が申請人主張のように無効であるか或は被申請人主張のように単に組合に対する債務不履行となるにすぎないかについて考えてみるのに、解雇は労働者にとつてその労働契約関係を終了せしめる点において最大の待遇の変更であり、解雇の条件はその最も重要な労働条件をなすものといわなければならぬから、その条件についての協約の定めは賃金、労働時間等と同じく否それ以上の強き理由を以て労働条件に関する規範を形成し、解雇の有効要件をなし、これに違反する解雇をして無効ならしめるものといわなければならぬ。このことは協約に解雇の条件として組合の同意とか諒解とかを要する旨の条項を定めている場合においても理を異にするものではない。ただし一般の場合においてはいわゆる規範的部分として解雇の有効要件となるのに、この場合のみを、たまたまその条件が使用者の組合に対する債務設定のような表現をとつていることを理由としていわゆる債務的部分と看倣し、使用者に組合の同意又は諒解を得るべき債務を負担せしめるにすぎぬとなしこれに違反して解雇を敢行した場合、当の労働者は直接使用者に対し何等異議申立の権利なく、単に組合のみが使用者に対して債務不履行の責任を問いうるにすぎないということは均衡を失するばかりでなく、一組合員の解雇によつて組合の蒙つた損害の算定ということは実際上至難の業であり、組合が長日月を費して使用者に対し損害賠償請求の訴訟を起してかゝらねばならぬということは債務不履行を原因とする損害賠償請求の理論上の可能性を事実上の不可能とするものであり又、相手方の協約違反を理由として協約を解除(告知)できるためには、その協約違反が全協約を存続せしめ難くさせる程の重大なものであることを要するから、協約違反の解雇は必ずしも組合側の協約解除(告知)の理由となり得るとは限らず仮に解除の理由となりうるとしても、それは組合をして漸くにして得たものを失わしめる結果となり、結局協約の効力を有名無実たらしめるものであり、遂には使用者をして朝には、組合員の解雇には組合の同意又は諒解を得ることを要する旨の協約を締結しながら、夕にはその債務不履行に対する責任の有名無実なるに乗じ協約を無視した解雇を強行することを許すという極めて信義に反する結果となる。なお解雇について組合の同意を要するとの協約は使用者の有する解雇の自由を奪うものでないかとの点については、元来民法における使用者の解雇の自由に関する規定は任意規定であり、使用者はもとより労働組合法、労働基準法等による制限の範囲内においては解雇の自由を有するとはいえ、自ら組合との合意によつてこの自由を制限することは何等雇傭契約の本質に反するものではなく、しかも一旦協約においてこれを制限した条件を定めた以上、右協約条項は強行規範を形成し、これに反する解雇を無効ならしめることを妨げないものといわねばならぬ。尤も使用者が当該協約を締結するとき、右条項が協約違反の解雇を無効ならしめる効力を有するものと知つておれば協約は締結しなかつたであろうという特段の事情の存するときには、錯誤の問題が考え得られるし、又解雇が真に已むな得ない事情にあるにかゝわらず組合が恣意に同意を拒む場合にはその同意拒否が権利の濫用となり、同意なき解雇も有効となるという場合もありうるけれども、右のような特段の事情のない限り、組合の同意又は諒解は解雇の有効要件をなすものといわねばならぬ。従つてこの点に関する被申請人の主張は採容しない。

さて本件についてみるに、前記昭和二十四年五月六日附協定の意味するところにつき、申請人は、組合が個々の解雇について労働組合法(旧)第十一条違反のおそれがあると認めた場合に異議を申立てたときには、その同意がない限り、その解雇は協約第五条にいう組合の諒解を得なかつたことに帰すると主張し、被申請人はこれを会社が抜打的には解雇しないことを意味し、組合は異議を申立て得るにとどまり、会社は右異議にもとずき組合に調査の機会を与えば足りると主張するのでこの点について考えてみるのに、甲第一号証の一乃至十一第二号証第三号証の一乃至十八乙第一号証第十六十七号証を綜合して認められる労働協約と右協定成立の経過から見るときは、右協定は協約第五条の組合の諒解を得るための手続についての合意であり、会社が退職又は休職させようとする組合員について、組合がその解雇又は休職の取扱が労働組合法(旧)第十一条違反のおそれありと認めて異議を申立てた場合には組合の同意のない解雇は前記労働協約第五条にいう組合の諒解を得られなかつたことに帰すると解すべきである。そしてこの労働組合法(旧)第十一条違反のおそれというのは必ずしも厳密に客観的な同条違反の事実の存在を必要とするものとは考えられない。客観的に労働組合法(旧)第十一条違反の事実が存在するならば、解雇は直にその理由を以て無効となり、敢て組合の異議を俟つまでもなく又仮に組合が同意しても無効な解雇を有効にすることはできない。勿論客観的に全く労働組合法(旧)第十一条違反のおそれがないにもかゝわらず組合が同法違反を口実として異議を申立てるような場合には異議権の濫用となつて、組合の異議にかゝわらず労働協約第五条の組合の諒解を得たものと看做しうるのであろうが、かかる事情の存在しない限り、組合の異議は有効でありしかも右協定の趣旨は単に組合に異議申立権を認めたにとどまるものではなく、組合の承認を要するものと解すべきである。若しこれを単に組合の異議申立権を認めたにすぎず会社がこれに応ずると否とを問わないものとすれば協定は無意義に帰するからである。そして会社が前記労働協約又は協定を締結するに際して、当該条項の意味するところに関し錯誤が存在したと推認できるような特段の事情の疏明は存在しないところである。甲第二号証第三号証の二乃至十八第四乃至七号証乙第十六号証を綜合すると、会社は昭和二十四年四月企業合理化による再建計画の実行として八百四十三名の従業員を解雇する予定であることを発表し、希望退職者を募つたところ、千余名の従業員が希望退職を申出たのであるが、会社の予定した右八百四十三名中希望退職を申出ない者があつたので此等の者を退職せしめるため四月二十七日更めて組合に対し百三十二名を解雇すべき旨を申入れ、その手続に関して五月六日前記の協定が成立した。会社はこの協定にもとずき百三十二名の解雇予定者に対し個々に退職の折衝をはじめたところ、申請人等四名ほか数名が組合に異議を申出た。組合では、申請人岩本は昭和十一年五月入社同二十年十月木工品製造所業務課長、二十一年六月同古市工場主任二十三年八月本社営業部連絡課長同年十一月本社調査室付二十四年二月大阪特販部勤務という職歴を有し、昭和二十一年一月松下電器産業労働組合の組織と共に木工品支部長、本部常任理事、青年部長、総同盟大阪府連常任委員、同年六月古市工場主任に就任と共に一時組合運動より退いたが二十三年八月転勤により組合員の資格に復し本社支部拡大闘争委員同年十一月本社支部闘争委員長となり支部役員改選により本社支部組織政治部長、本部理事となつたもの、申請人小倉は昭和十九年九月入社二十二年電機製造所技術部第二課フオノモーター係、二十三年同係主任の職歴を有し、昭和二十三年九月本部理事ならびに支部常任幹事、同年十二月支部闘争委員長二十四年二月職場幹事、同年七月常任幹事となつたもの、申請人井口は昭和十七年一月入社二十年十二月松下工業学校電気科教諭、二十一年四月本社営業部水産電気課勤務、同年十一月電気製造所技術部廻転機課勤務、昭和二十二年六月大津川工場製造課助手(後に主任)二十三年七月技術部変圧器課勤務の職歴を有し、昭和二十三年一月大津川工場閉鎖反対副闘争委員長、同年九月本部理事ならびに支部常任幹事、二十四年二月支部常任幹事同年七月中央委員ならびに支部常任幹事となつたもの、申請人小林は昭和十六年松下社員養成所入学、十九年三月松下飛行機株式会社入社二十一年松下造船株式会社設計課勤務、二十三年三月右退社同年四月被申請人電機製造所入社検査課勤務、二十四年二月製造所技術課勤務の職歴を有し、組合の職場大会、支部大会における最も活発な発言者の一人であつて、職場委員であり、申請人等に対する会社の待遇は終戦後同人等が組合運動の推進力となるに及んで漸く不当に冷いものがあると見受けられたので、会社に対し申請人等を解雇することについて異議を申立てたが、会社は申請人等の解雇理由として、申請人岩本については、非能率者、勤務態度不良者、配置転換不能者、申請人小倉については、業務上余剰者(所属部門の縮少)配置転換不能者、非協力者、勤務態度不良者、申請人井口については非能率者、技術低劣者、業務上余剰者(所属部門の縮少)配置転換不能者、勤務態度不良者、申請人小林は業務上余剰者(所属部門の縮少)技能低劣者、非能率者、勤務態度不良者、配置転換不能者に該当する旨を主張し、解雇方針の取消に応じないので、組合では申請人岩本については五月十三日から本社支部闘争委員会の調査委員会で六月二日頃から組合中央闘争委員会の調査委員会で、申請人小林、井口、小倉については五月十八日頃から電機支部闘争委員会で調査の上六月七日頃から中央闘争委員会の調査委員会においてそれぞれ同人等の解雇の当否について調査した結果、会社が解雇理由として掲げるところは必ずしも当を得ていないこと、すなわち、日請人岩本については、非能率者との点は同人は前記のように入社以来経歴も古く、四等工場、東京事務所、古市工場等勤務の間成績を挙げ、課長主任等を歴任したが、終戦後組合運動に乗り出し又共産党に入党するに及んで会社側から警戒されるに至り、次第に会社における地位も低下し二十三年八月本社転勤後は適当な職務も与えられず遂には一介の販売外交員にまで引下げられ、しかもその持場としては新しい地盤の開拓を命ぜられる等の不利な情況の下においてこの期間の成績の挙らなかつたことの一半の責任は会社側にも存すること、勤務態度不良との点は同人の磊落な性質から来る服装の無頓着等が他からの誤解を招いている点の多多あること、配置転換不能との点は、同人の組合運動の経歴と共産党員としての週知とのために職場の部長級が受入を躊躇する実情であつてこれは受入側の責任であること、申請人小倉については、業務上余剰者、配置転換不能者との点は同人はフオノモーターの研究に従事していたが、仮に会社が電気製造所におけるフオノモーターの研究を止めるとしても研究技術者は残しておかねばならず、同人は他の仕事でも十分やりこなす能力と性質を有する。受入箇所のないというのは会社が組合幹部且共産党員である同人に対して一貫して排斥政策を採つているため、これを押切つて自己の部下に受入れようという信念のある上役がいないことにすぎず一に会社側の指導能力の不足に帰すること、非協力との点は、同人は仕事の面では少くとも前年末頃迄は会社幹部からも高く評価せられ考課もよかつたにかゝわらず、同人の理論的な性格が屡々上役との意見の対立を起したことを以て右のような評価をすることは同人の仕事に対する熱意と技術的良心とを理解しないものであること、又本年に入つてから同人が編輯した共産党機関紙「あさやけ」の内容が会社側の気に入らぬことを以て解雇理由とするのは個人の政治活動を不当に抑圧するものであること、勤務態度不良との点は同人の職場規律は普通であり組合幹部としての多くの仕事をもつているために時に職場離脱はあつたけれども特に問題とすべき程度のものではなかつたこと、申請人井口については、技能低劣ならびに非能率との点は、同人は学歴は専門学校の電気学科を修め、大津川工場では現場の責任者としての経歴もあり、技術練度が低いということはなく、会社側の評価は同人の仕事が実験研究的のものであり目に見えた成果が上らないところから附会したとしか考えられないこと、業務上余剰者ならびに配置転換不能者との点は会社の方針が技術者を軽視し勝ちなことの表れであること、勤務態度不良との点は同人の欠勤遅刻は普通程度であり、職場離脱についても組合幹部として活躍していた者としては非難の対象となる程のことはなく、むしろ真面目に行動していたものといゝ得ること、申請人小林については、業務上余剰者ならびに配置転換不能者との点は、会社は僅か二ケ月前に同人を検査課から技術課へ配置転換させておきながら今急に余剰者というのは不合理な扱いであり、同人は技術課から離れても他に十分活用の途のある有能な青年であること、技能低劣ならびに非能率との点は、現在の職場へ転勤以来僅か二ケ月で成績の挙ることを求める方が無理であること、勤務態度不良との点は同人について特に問題とすべき程のことの存在しないこと、等申請人等は何れも特に成績不良として整理の対象となるべき者に該当しないにもかゝわらず、会社が敢て同人等を解雇しようとするのは一に同人等が組合活動を活発にしたことに因るものであつて労働組合法第七条(旧第十一条)違反の疑が濃厚であるすなわち申請人岩本については終戦後現在迄の同人に対する一貫した冷遇は決して同人が自らの不真面目と無能とによつて招いたものではなく、同人が業務上責任ある地位に就くことによつて組合運動の上からも思想的にも他の組合員に感化を及ぼすことを会社が虞れての処置であり、しかもこのような圧迫下にあつて同人がなお政治活動をつづけるとゝもに組合幹部として労働運動に挺進しているのを見て遂に会社が最後にとつた処置が今回の解雇交渉であること、申請人小倉については前年迄最も考課のよかつた同人を、組合活動や政治活動を初めるに及んで急に邪魔物扱にして整理の対象とすることは明かに組合活動及び思想の自由に対する圧迫と認められること、申請人井口については、同人が大津川工場時代に闘争副委員長として工場閉鎖反対闘争を指導したことが会社にとつて大さな脅威となり闘争中に本社転勤の交渉があつたが同人がこれに応じなかつて以来会社の同人に対する待遇は次第に悪くなり殊に同人が共産党に入党後は一層同人を危険人物視するに至つたこと申請人小林については同人がいわゆる松下生え抜きの出身であるところから上役も好意をもつて待遇していたのに、電気製造所入所以来同人が労働運動に関心を持ち、発言行動上も極積的となり且共産党に入党してから会社は同人を警戒しはじめ、今回の整理を機会に解雇しようとするに至つたものであること、等正に組合活動を活発にする者を排除するための処置であり、組合としては到底申請人等の解雇を承認することはできないという結論に達したので、八月一日会社に対し申請人等を解雇することは承認できない旨を通知したにもかゝわらず会社は組合の同意のないまゝで申請人等を解雇するに至つたものであることを認めることができる。しかも被申請人提出の全疎明方法によつても組合が徒らに前記協定に定められた同意拒否権を濫用したものとの事実は認められず、却つて前認定の組合の調査の経緯から見るも、将又甲第二号証第三号証の八、第七号証乙第一、二、十一号証に依つて認められる組合の調査の結果整理実象者の提訴の理由なきものについてはその提訴を容れず会社に対しその解雇に同意している事実から見ても、組合員の提訴を鵜呑みにして一向会社の解雇処置に反対するを事としていたものではなく、調査員の調査にもとずいて組合独自の意見をまとめたものであることを認めることができる。

さすれば本件解雇は前記五月六日附協定に違反し、延いては労働協約第五条に違反するものといわなければならぬ。

従つて申請人等に対する解雇は申請人のその余の主張を判断するまでもなく無効といわなければならない。そして労働者が転職の困難と物価騰貴の現下の世相において不当に解雇せられた場合忽ち生活に窮することは自明のことであつて、解雇無効確認の本案判決あるまでの間その地位の保全を求める必要あることもとより明かである。申請人等が或は組合より給料相当額の給与を受けており或は会社の寮に起居しているから仮処分を求める必要がないという被申請人の抗弁は労働者の生活が如何なるものであるかに目を蔽う所論であつて採容に値しない。そして甲第八号証によれば申請人等の賃金は別紙記載の通りであることを認めることができるから被申請人に対し、申請人等に昭和二十四年八月六日以降本案判決確定に至るまで仮に毎月右賃金の支払を求める申請人等の申請はその請求ならびに理由あるものといわねばならぬ。次に就業を求める点については、使用者は労働者の適法に提供する労務を受領する義務あること既に当裁判所が昭和二十三年(ヨ)第一〇〇五号仮処分申請事件の決定理由において詳述した通りであつて、売買(交換)と請負契約における債権者の引取義務を明定せられている反対解釈として一般に債権者に受領義務を認めずとする立法例の解釈論を無反省に我国民法の解釈に導入するか、右立法例下の労働法学説を鵜呑みに我国労働法の解釈に適用しない限り、債権者の受領義務を否定する理由は見出し難い。(否定論者が労働者のいわゆる就労請求権を認めるべき特別の場合の例として好んで挙げる徒弟契約の如き、被傭者に技術を教授したり指導したりすることは本来雇主が支払うべき報酬の一種であり、この点に関する被傭者の請求権はその本来の債権であつて、茲にいう債権者の受領義務とは峻別せらるべきである。)そして規律ある労務に服することを欲する労働者に対し賃金のみを与えて拱手徒食を強いねばならぬ何等の理由がないから本件において申請人等が労務の提供を申出る以上被申請人にこれが受領を命ずる仮処分の必要があるものということができる。尤も、労務の履行は売買の目的物引渡等に比してはるかに多く債権者たる使用者側の行為に俟つものが多く債権者が単純に債務者の行為を受忍することによつて足りるものではない。すなわち労働者の給付すべき労務は使用者が労働者に職場の配置その他の指示をなし、労働者がこの指示に従うことによつてはじめてなし得るものであり、右のような指示という行為は、使用者が任意にこれをなさないとき、強制履行、特に直接強制によつてこれを実現することはできない。仮処分命令手続とその執行手続とが通常の判決手続と強制執行手続との関係に比してはるかに緊密な関係にあることはいうを俟たないけれども、強制執行に親まぬ給付を仮処分命令において命じ得ぬというわけではないから、就業の申請も亦その請求ならびに理由あるものといわなければならぬ。それで申請人等の申請はこれを認容して民事訴訟法第七百五十八条を適用し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十五条に依り主文の通り決定する。

別紙

賃金表

岩本孝雄  金一三、九四二円

小倉啓助  金 九、九九五円

井口山夫  金 八、八一七円

小林武之助 金 五、七八五円

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